シャリア教:Shallya

信仰の中心地:クーロンヌ(ブレトニア)

教団の首長:至聖なる女司教リーゼギュント―クーロンヌの女司祭長

主な祝祭日:なし。(苦しみは暦に関わらずやってくるし、シャリアは暦に関わらずいつでも身を挺するため)

著名な聖典:『苦難の書』、『ペルグンダの誓約』

一般的なシンボル

・白い鳩

・一滴の血が滴る心臓

戒律

・汝殺すことなかれ(あらゆるシャリア信徒はこの戒律を厳守しなければならない)。

・心底困っている哀願者に対して治療を断ってはならない。

・旅立ちの時を迎えた魂を引き止めてはならない。

・武器を持たずに生涯を送れ。丈夫な杖さえあれば十分なはずだ。

・”蝿の王”ナーグルはいかなる形態でも嫌悪すべし。

・己の快楽のために活力を無駄にしてはならぬ。

 

教団概要

シャリア教団員(以下、シスター)がなにより心掛けているのは「慈悲の心」であり、目の前の相手を痛みから解放することである。

昔から、治療と助産術を中心にシスターたちは活動をしてきた。

この二つは当人には責任のない痛みの代表で、出産時の妊婦の痛みはこの世で最も高尚で、負傷や病気がその者の責任であるこはもめったにない(たとえ自業自得の怪我だとしても)からだ。

痛みは怪我や病気、出産に限ったものばかりではない。

心の痛みもシスターたちにとっては対象なのだ。

貧しい人たちへの炊き出しや、仮の宿の提供、神殿内での仕事を与えたりと行き場を失くした人を救済することもある。

また、何らかの影響で狂人となった者の世話や獄中の囚人たちの運命を少しでも和らげるための活動もする。

シャリア教の最終目標はこの世からあらゆる痛みを無くすことではあるが、そのようなことが達成できるはずがないことは当人達が一番よく分っているため、シャリアのシスターたちは大局を見ない。目の前の苦しむ人を救うことに専念するのである。

 

教条

「他者の苦しみを和らげるために献身する」これが、シャリア教の信条の核だ。

一般の教徒にとっては、救侐金を寄付することが最大の救済活動であり、行き倒れた人を助ける程度がせいぜいの活動だが、シスターになると一生涯をかけて救済に没頭することが神授の宿命となる。

 

入信

シャリアのシスターの大部分は神殿で育てられた孤児であり、うまれつきその道を運命付けられたといっても過言ではない女性たちだ。

彼女たちは無私無欲の奉仕活動で少女時代を費やすため、物心ついて途中からシャリアに入信したいと思った信者(キャラクターなど)は並大抵の努力では入信できないのだ。

シャリアの入信者には全ての時間を困窮者と供に過ごすことが求められ、己の安堵など気にも留めないことを示すことが必須となる。そのことを認められてはじめて司祭職につくことが認められるのだ。

また、入信者の大半はある程度の期間をオールド・ワールドの旅に費やし、途上で苦しむ者に出会えば苦しみを和らげてやる。大半の神殿はこの修行の旅を推奨しており、世界を深く知ることができる上に苦難と犠牲を体験できるまたとない機会だからである。

 

教団員

シャリアの入信者は白く裾の長いローブを着用し、一般市民などの平信者もその服装を模倣する。

司祭の白ローブには左胸に心臓の刺繍がなされ、フードがついている。平時のローブの刺繍は黄色の糸で心臓を象っているが、儀式用のローブとなると高級な生地を用いた上に金糸で心臓が刺繍されている(精巧度:最高)逸品である。

また、シャリアの司祭は装飾品は一切身に付けない。

ブレトニアのシャリア神殿においては、贅沢を規制する法律によって平信徒と入信者に白いローブの着用が認められていないことから、代用として黄色いローブに身を包む。たとえ貴族であっても平信者であれば黄色いローブなのである。

 

男性の司祭はいるのか?

シャリア教を組織する司祭の圧倒的多数は女性であるが、男性もゼロではない。

市民たちは慈悲の女神に仕える心優しい司祭に男性がいるなどということは認めようとしない。

しかし、現実にシャリアは男性の信徒を受け入れている。

若い男性の司祭は例外なく旅に出される。旅まわりの男性司祭は神殿に立ち寄った際も多感な年頃の乙女たちが恋の切なさを感じることがないように、長居はさせてもらえない。

長い旅を経て、逞しく魅力的なシャリアの男性司祭がその魅力で女性司祭を篭絡し、罰としてスラーネッシュにむさぼり喰われたという伝説はいくつも存在する(篭絡する過程や喰われる描写が詳細で露骨な物は発禁本として高い人気を誇る)。

男性司祭は歳をとって魅力が失われてくると、神殿で過ごせるようになる。

 

主な組織

シャリア教徒は皆、血涙修道会に所属し、それ以外の分派や下部組織は存在しない……ことになっている。

シャリアの組織体制はクーロンヌの神殿を本殿とし、封建的な運営がなされている。

地方の小さな神殿が中規模な神殿に上納し、中規模な神殿はその中から大規模な神殿へと上納し、各主要都市にある大規模神殿から上納品が本殿へと集められるという仕組みだ。

その上納の過程の中で、一般の市民から寄付された物品は、換金されたりして奉仕活動の資金へと変わるが、シャリアを讃えた絵画などの美術品は神聖な物とされ、より大きな神殿へと上納される。

小規模な神殿は、救いを求める者に手を差し伸べる活動に没頭する他ないが、神殿の規模が大きくなると「直に看護をする者」と「必要な人々に看護が施されるように組織する者たち」の二大グループに分かれる。

看護団の管理運営にあたるグループは戦場や被災地で力を発揮し、人々から敬われているものの、皆、遠巻きに管理運営グループを応援する。人手の足りない状況下での活動は通りすがりの人でさえもテキパキと指示を与え、看護助手としてシャリアの奉仕活動の中へと飲み込んでいくためである。

直に看護する者たちは、当然、管理運営グループが要請すれば駆けつけるし、そのグループ間に対立や上下関係は存在しない。

一般的にシャリアのシスターといえば、こちらの看護者の方が市民に馴染みがあり、町や村では無条件の好感をもって迎え入れられる。村にシャリアのシスターが来たと噂があれば、若い男は一目見ようと殺到する。事実、患者とシスターの恋物語は多く語られ、”白鳩のきまぐれ”と名づけられるほどありふれた出来事である。

患者と一線を越えない関係こそが患者とシスターの正しい距離感だと教わるが、老齢なシスターたちでさえ、”白鳩のきまぐれ”に関しては好意的に、助言や手助けをしてくれるし、中年シスターたちは母親のように接する。そういった背景もあり若いシスターたちも白鳩がいつ自分に気まぐれを向けてくれるか期待に胸を躍らせている。

若くかわいいシャリアのシスターたちは、しばしば卑猥な冗談や下品な呼び売り本のネタにされるが、シスターは常に好意的に描かれることから、教団はおおむねそれに目をつぶっている。

下心を秘めて治療に訪れる若い男性には、その神殿で最高齢のシスターがつくことが通例である。

 

禁欲主義者団

一人の者がどこまで身を粉にして女神に貢献できるかを突き詰める者たちである。

組織というよりは問題提起を促し、シャリアへの献身の物差したる考え方を議論する集団といったほうが適切かもしれない。

困窮者たちと多くの時間を過ごし、大局よりも目の前の困窮者に対してシャリアの教えを実践しつづけていると、考えが極端になり、過激な思想に偏ることも仕方ないといえば仕方ない。

たとえば、貴族から上質なワインを注がれたときそれを頂くのはいけないことなのか? 座り心地の良い椅子をすすめられたが、それに腰を下ろしてもよいのか? などである。

答えは、これらの行為は許される。なぜなら提供された贅沢は困窮者を救うために転用できないからである。

しかし、過激な少数派にはシャリアの救済は義務であるべきなので、人々を助けることで自らの満足感を得てはいけないという考えがあったり、これほど悲惨な世の中に幸福などあってはならないと考える思想の者もいる。

こういった、少数ではあるが偏りがちな思想を軸として活動しているシスターたちがある程度のグループをつくることは自然なこで、小さな偏ったグループは無数に存在する。

 

救済の対象

救いを求めて神殿を訪れる無数の困窮者に対して、どの人を真っ先に救うか切迫度に応じて短い時間で優先順位をつけることが認められているが、救う順番を選別すべきでないという考え方のグループがいる。

救済すべき者を選別すべきではなく、等しく救済の手を差し伸べるべきだという考えもある。その選別はシャリアが運命という名のもとに自分たちとその困窮者をめぐり合わせているため、選別は必要ないという考えである。

ごく少数の過激思想者の中には社会の構造そのものを変革すべきだと異端と紙一重の思想の者も存在する。

 

教団技能と教団異能

シャリア教に属する者は、以下の技能と異能を追加してよい。

(そのキャリアに就いた時点か、修道会に参加した時点か、どちらか早い方で決める)

入信者

〈負傷治療〉

司祭

〈職能:薬師〉、〈職能:薬草師〉、《病気耐性》

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