ナーグル:Nurgle:4版

悪疾の王、偉大なる腐敗者、腐敗の主、蝿の王

※ウォーハンマーFRP2版「堕落の書」より引用

ナ一グルは下劣極まりない混沌の神であり、病気や腐敗、乱雑さなどを司る。
“悪疾の王”たるナーグルは、拷問の発明者、悪疾の父、腐敗の授け手といった顔も持つ。
彼が喜びを感じるのは、いとしい死病を定命の者どもに広め、新種の疫病を生者らに贈り物として授けることだ。
病魔に冒された容貌とは裏腹に、ナーグルは異様なまでに強健で、不敬な生命力に満ちている。
信者らにしても同じことで、全身これ腫れ物と化し、身体を蝕む細菌にやられ、肉体がことごとく痰や黒ずんだ血液に変わり果てながらも、以前より力強いようにすら思えるほどだ。
ナーグルは、倒錯したユーモアのセンスを持つ陽気な者として知られ、信者らには不健康な愛情や感謝の念をもって接するのだ。
ナーグルは、疫病や穢れを通じておのが存在を世界中に広めようと努めており、願いといってはただ一つ、オールド・ワールドを死や腐敗、死病が鼻腔をつんざく悪臭を漂わせる不浄な穴へと一変させることだけだ。
ナ一グルはあらゆる不浄なものの中に美を見いだし、脈動する膿疱の光沢に随喜をおぼえ、手の内にあるあまたの病原菌の一つによって死を迎えた定命者の蝋人形めいた顔
面蒼白さに歓喜雀躍する。
ナーグルは、あらゆる事物の内に潜んだ美質を覚醒させ、覆い隠された腐敗の驚異を白日にさらすことを、おのが責務と考えているのだ。
“蝿の王”たる彼からすれば、美とはおのれの愛撫によって増進しうるものであり、その尊い手で触れることによって、世界を美化しようとしているのだ。
ナーグルはしばしば、醜悪なまでにぶくぶく肥え太った人間型の姿で描かれ、病によって緑色を呈した皮膚は傷や腫れ物、膿のにじみ出る膿疱によって惨状を呈している。
腫れ上がったその顔で、ちらちら横目を投げかけては、時おりニタリと皮肉めいた笑みを浮かベ、舌を出すのだ。
あきれるほど長いその舌は、先細りのねじくれた顎までも届く。
頭からは2本の巨大な角が伸びているが、いずれも黄ばんだうえに欠損があり、血や汚穢にまみれてもいる。
ナーグルはおのれの容貌に惚れ込んでおり、ディーモンにも彼の小型版といった者が多く見られる。
ナ一グルは玉座に座したまま、従卒たちを愛撫し、毛づくろいをしてやり、愛情溢れる甘言をささやくが、同時に数え切れぬほどの面々の命を、おのが体重で押しつぶし、あるいは膿のしたたる手をぴしゃりと打ちつけることで奪っているのだ。
彼の領域は比類ないほど汚れきっており、世界中の汚水溜めや納骨の穴をひとつにまとめたかのごときものだ。
ナーグルのおぞましい宮殿を目の当たりにした者は、もはや身綺麗にすることなど一生不
可能だと感じて、世界を汚穢の穴だと見るようになる。
ある意味それは正しいのだが。
ナーグルの崇拝者は、死病患者や、虚無主義者、狂人からなる。
最下級階層に生まれ、とうから汚穢と絶望にまみれて生きていたような連中だ。
ナーグルが抱きとめるのは虐げられた人々や、忘れ去られた連中、そして生きていく術を選び取ることのかなわぬ面々であり、多種多様な祝福のいずれかを授けることで、暮らしぶりを高めてやろうと考えるのだ。
ナーグルの崇拝者には人間が圧倒的に多いが、スケイブンはそれ自身、不浄と腐敗そのものであり、ナーグルを親しみの目で見るうちに、中には格別な発心をして、種族の神である“角ありし鼠”をすら否定する者があるという。
ナーグルは奇妙な安逸を信者らに約束し、腐れ病や疫病の患者たちに倒錯した友情を覚えさせるのだ。
ナーグルは清潔さを肉のキャンバスと見ており、絵の具を塗られる時を待っていると考えているのだ。

性格

ナーグルは信者たちから「愛情溢れる」神だと見られており、そんな信者たちの活動や陰謀に大いに関心を抱いている。
特に目をかけられた信者たちは、最悪の疫病を授かり、酷い変異を起こして捻じ曲がった化け物と化すのだ。
ナーグルは詭弁をもちいて疫病を撒き散らす。
信徒らにささやきかけて、機会あるごとに大衆に潜入させるのだ。
ナーグルは戦いを嫌悪しているわけではなく、重度の負傷や作物の被害、飲用水の汚染などを利用して新たな疫病を広める絶好の機会だと見ている。
噂では、ナーグルが戦場の負傷者にささやきかけて、従うのなら永遠の命を―腐ったものだが―授けるのだという。
ナーグルは、癒し手や医者を祝福することを大いに誇りに思っており、疫病の真なる美しさを彼らに理解させる手助けをしている。
この神は美そのものや美しいものを愛しており、そうしたものには真っ先に惹きつけられる。ナーグルは決して破壊を望まず、むしろ、秘められた病の驚異を開陳し、教え、増進させることを好む。
もちろん、ナーグルの性質からして、そうしたお気に入りの事物を腐敗させることになるのだが、それは望ましいことなのだ。
なぜなら、ナーグルは艷やかな腐敗を、天然自然の美を増進させるものだと見ているからだ。

制約

ナーグルの信者に課せられる厳密な制約は数少なく、ひとえに求められるのは、世界中に疫病と絶望を広めることに尽きるといっていい。
彼の教義は、以下のようなものだ。
・ 新たな腐敗の種を捜し求めよ。それは尊父ナーグルの祝福の象徴なのだ。
・ ナーグルの尽きせぬ愛をもって世界を教え諭すべし。神の賜物を出し惜しみせず、可能な限り多くの者と分かち合おうとせねばならぬ。
・ あらゆる物事に美を探し求めよ。もしも見つかったなら、それを祝うべし。
・そして、美が見つけ出されたなら、ナーグルの祝福を分かち合うことでその美を完璧たらしめよ。
・ “歪みの王”の信者らは哀れむべし。絶美なるものを理解せぬ輩なれば。彼奴らには最大級の贈り物をさずけ、 そちが苦痛の真髄を分かち合わせねばならぬ。

ナーグル教団

人がなぜナーグルを受け入れるのかを想像することは難しい。
この神は万物の腐敗の象徴であり、その最も恐るべき形である絶望の象徴だからだ。
疫病が共同体を荒廃させるとき、ナーグル尊父は笑い声をあげる。
死者の骨から死肉が崩れ落ちるとき、ナーグルの悪臭が近くに漂う。
彼はエンパイアに住む全ての人々が体験する苦痛であり、何か得体のしれないものが肉の中に根付き広がる際の恐怖であり、吹き出物が死臭を放つじくじくとした、傷になる際の恐
怖なのである。
それなのにどうして、この最も汚らわしい神に救いを求める者がいるのだろうか?望みなきどん底だというのに。
オールド・ワールドにおけるナーグルの力と立場を理解するためには、人々が病気をどのように見ているのかを理解しなければならない。
疫病とは呪いである。
地位の低い生まれであれ(大部分の疫病は一般人の間で始まるからである)、性格の欠陥であれ、何らかの欠陥を抱えている者たちにとって、病は苦痛である。
一層悪いことに、罹患者はその病気を他者に広げてしまう。
罪深き者も罪なき者も同様にである。
罹患者に対処する唯一の方法は、彼らに不浄なる者としての烙印を押し、追放してしまうことだ。
病気に対してのそうした見方は、1111年の“黒死病”の間に始まった。
この接触感染する病は都市から都市へと跳ね踊り、街全体を一掃し、田舎から人々を1人残らず消してしまった。
それはあらゆる階級、あらゆる性別、あらゆる年齢の人々に襲いかかった。
それは残忍な殺し屋であり、エンパイアにはそれを止める力はなかった。
歴史家たちはこの疫病を鼠のせいだとするが、この災厄の影響はオールド・ワールドの記憶に印を残しており、さらなる疫病の恐怖が今日までも病気に対する姿勢を変えてしまっている。
病気感染が発生すると、街は病気が拡大しないように罹患者を強制的に退去させる。
さらに、病人たちは自分の病状を他者に警告するために首に鈴をつけなければならないと慣習法によって命令される。
健康な者たちが十分に逃げる時間を得られるようにだ。
充分な数の鈴がない場合は、病人たちは共同体に近づく際に、「穢のうごぜえやす!」と叫ぶよう要求される。
それを怠ると、処刑の理由を与えてしまうのである。
幅広く広まった敵意のために、人々は病気がたんに死を意味するばかりでなぐむしろ全くもって呪いなのだと信じてしまっている。
罹患者たちは家から追い出され、慈悲深い人から施される施し物に頼って、彷徨い歩かなければならない。
彼らは疫病で死ななくても、大部分の者は極度に疲労したり、風雨にさらされたり、飢餓のために命を落としてしまう。
シャリアの女司祭たちは病人に対する姿勢を和らげようと何世紀にも渡って懸命に活動を続けている。
彼女たちの善行の結果は諸都市で見出すことができる。
彼女たちの努力のおかげで、疫病がより大きな共同体を襲った場合は病の流れが逸れるまで、そこは封鎖されることになる。
そのような防疫線は新鮮な食料や水、その他の必需品の供給を妨げてしまうが、人々は少なくとも自分の家で死ぬことを許されるのである。
人々が自分の脇の下や股間に不健康なリンパ腺の腫れを見つけてしまったら、その時何ができるのだろうか?多くの者たちは金のかかる医者の助けや女司祭たちの優しい慈悲を求めることだろう。
しかし、これらの選択肢を持っている者はほとんど存在しない。
というのも治療に金がかかるからだ。
自分たちの運命がとざされ、回復の見込みがないことを理解した者たちの心に、絶望が花開く。
その後はパニックが続き、自分を助けることができるものなら何でも捜し回る。
これこそナーグルの教徒たちが足を踏み入れる時なのである。
ナーグルの代弁者たちは苦痛の終わりや病の進行の緩和を約束し、罹患者たちにその新たなる腐敗した姿を満足させてしまう。
そしてエンパイアが取ってきた弱者に厳しい立場のために、人々が自分にできる方法なら何であれ満足してしまったとしても不思議ではない。
ナーグル諸教団はまさにエンパイアの正規の街道からも間道からも外れた、孤立した共同体で栄えている。
人々の中には、“翁”の前で誓いを拒絶した者たちに彼の手が及ぶよう彼を宥め嘆願しよ
うとして、この暗黒の神を崇拝する。
そして、実際、そのような努力は上手くいくように思われる。
一時の間は。
次第にいくつかの病気が発生し、人々は死に始め、そして破壤的な疫病が街を荒らし、こ
の愚かな追従者たちを除いて1人残らず消してしまう。

シンボル

ナーグルの信徒たちの大部分はシンボルを身に着けないことにしているが、その代わり病的な緑色や黄土色、黄色といった“腐敗の王”の色を好む。
彼らがシンボルを用いる時、それはほぼ常に蝿のシルエットである。
教徒たちはしばしばフード付きのローブを纏い、その異形やその病気の惨状を隠す。

教団

ナーグルにはエンパイアに組織化された教団がほとんど存在しない。
その代わり、病気にかかった者を駆り集め、彼らをその胸元に招きよせるのである。
現存するナーグル諸教団はエンパイアの諸都市に集まり、下水道やゴミの山の中で栄えている。
彼らはそこで定命なる者の苦痛の源の近くで.冒浣的な儀式に参加することができる。
ナーグル諸教団はしばしば“腐敗の王”にとって神聖な数字である7の倍数の人数で組織される。

【ナーグルの教団】深紅病の集い:The Covenant of Crimson Plague

深紅病の集いは、5年前にできた教団で、ナルン大学校の学生の一団が大酒飲みの儀式を行ない、1体のグレーター・ディーモン・オヴ・ナーグルを招来したことを端緒とする。
儀式で生き残った全員が、“腐敗の君主”の信奉者になった。
混沌の教団員の常とは異なり、彼らは頭脳明晰、学識豊當、かつ組織としてまとまりがある。ほとんどの者が、今ではいかさま師としてエンパイアじゅうを旅しているが、彼らが売り歩く“薬”は、効能があると謳う病気よりもはるかに深刻な悪疾に侵されているのだ。
深紅病は、ディーモンからの贈り物であり、ゆっくりではあるが確実に死へと至る病で、まずは患者の脳を、次いで肉体を、致命的な赤い腫れ物で損なうのである。

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